60歳のラブレター
 

 
 


橘孝平とちひろは、孝平の定年退職を期に、離婚を決めた。大手建設会社の重役にまで上り詰めた孝平。これからは恋人の夏美が経営する建設事務所で、今まで培った経験を存分に生かすつもりだ。ちひろは、父親に言われた相手と結婚し30年、家族に尽くしてきた専業主婦。孝平の退職日、手料理を食卓に並べ、帰りを待っていた。


口げんかの絶えない魚屋夫婦、正彦と光江。正彦に糖尿が見つかってからは、定期的に病院に通っている。担当医の静夫の指示に従い、光江は夫の食事に気を遣い、毎晩のウォーキングを欠かさない。そんなある日、正彦は楽器店のショーウィンドウにギターの名器マーチンが飾られているのを発見。かつて光江は集団就職で上京、職場の先輩と追っかけをしていたコピーバンドのヴォーカル・正彦に口説かれ、一緒になったのだ。そんな時、今度は光江に病気が見つかり……。


医者の静夫は、5年前愛妻を亡くし、今は高校受験を控える娘・理花と2人暮らし。かつて大腸菌の研究に没頭するも、アメリカの研究チームに先を越され出世コースからは脱落。冴えない人生を送っている。しかし近頃は、海外医療小説の監修依頼をしてきた翻訳家・麗子と会えるのを楽しみにしている。一方の麗子も、細菌の話になると、人がかわったように熱弁を振るう静夫の姿に年甲斐もなくトキメくのだったが、そんな2人を見る理花の目は厳しい。


病院の産婦人科に娘のマキをたずねていた孝平のもとに、かつて新婚旅行で訪れた四国の写真館でちひろが30年後の孝平に宛てて書いたという手紙をもった若者・北島が現れる。そこには、ちひろの孝平への語りつくせない想いが語られていた。自分にとってかけがえのない、大切な存在にようやく気づいた孝平は、ある決意を胸に夜の街を疾走するのだった。