八日目の蝉 

 

Yokame no Semi


1995年10月、東京地裁。主人公・野々宮希和子(永作博美)が「逮捕されるまで、今日一日、明日一日、どうか薫と生きられますように、それだけを祈り続け暮らしました。4年間、子育てをする喜びを味わわせてもらった事を、秋山さん夫妻に感謝しています」と述べる誘拐事件の裁判シーンから物語りは始まります。


 
1985年、野々宮希和子は、同僚の秋山丈博(田中哲司)と付き合い、妊娠してしまいました。丈博は、希和子から妊娠を告げられたとき、妻・恵津子との離婚計画が台無しになると考え、希和子に中絶をさせます。しかし、そのために希和子は一生、子供を産めない体になっていまいました。一方、丈博の子供を宿した妻・恵津子は、希和子の家に行き、中絶したことを罵倒し希和子を傷つけます。

後日、丈博と恵津子の間に「恵理菜」が生まれました。希和子はこの赤ちゃんを殺しに行きます。しかし、希和子に微笑みかける赤ちゃんを見て、「この子のためだけに生きよう」と衝動的にどしゃぶりの雨の中、連れ去ってしまいます。希和子は誘拐犯になってしまいました。希和子は彼女に「薫」という名をつけ、逃げ回ります。そして、家族や夫らに理不尽な仕打ちを受けたり、見放されたなどの様々で複雑な事情を抱えた女性たちだけで生活するエンジェルホームに逃げ込みます。

しかし、エンジェルホームは宗教団体のような所で、自分の娘や妻を奪い返そうとする家族などから、糾弾・抗議を受けていました。希和子は、警察が来るのではないかと恐れて、そこからまた逃亡することを決意します。希和子は、施設で知り合った沢田久美から岡山の小豆島の彼女の母の家を紹介され、そこへ逃亡しました。

希和子は久美の母・昌江の家で偽名・宮田京子を名乗り、そうめん工場で働きながら、優しく愛情を注いで薫を育てました。きれいな瀬戸の景色に感動した希和子は、薫に「これからはきれいなものを見せてあげる」と約束します。薫はすくすくと育ちます。しかし、そんな平穏な日々もうち破られます。

ある日、小豆島の「虫送りの祭り」の様子をアマチュアカメラマンが撮った写真がコンクールに入賞したのです。その写真には希和子と薫の姿がはっきりと写っていました。写真は全国紙に掲載、報道されてしまいました。それを見た希和子は「もうダメ…」と思い、薫と親子の楽しい思い出を作るため、ある写真館で二人で写真を撮ってもらいます。そして、学校や海に行きました。お寺に行ったとき、薫が蝉の抜け殻を拾いました。

希和子は「蝉は7日間だけ生きられるの。でも8日目も生きることがあるかもね」と言います。薫は「一人だけ8日も生きるのはイヤや、これ宝物にする。蝉が寂しくないように持っててあげる」と答えました。警察の手が迫ってきました。必死に逃げる二人でしたが、ついにフェリー乗り場で希和子は警察に逮捕されてしまいました。
 

年月は流れ、2005年の夏、薫(井上真央)は秋山恵理菜として成長し、21歳の大学生でした。しかし、両親とは理解しあえず、アルバイトをしながらアパートで一人暮らしをしていました。バイトが終わって駐輪場に行くと、自称フリーライターの安藤千草が現れ、「薫ちゃんだよね」と声をかけられます。驚く恵理菜に、千草は今、自分はエンジェルホームの問題や恵理菜の誘拐事件を取材していることを告げ、取材を申し込みます。恵理菜は、何ももう覚えてないと去ろうとしますが、スクラップブックを渡され、読んでほしいと千草に押し付けました。恵理菜は誘拐事件後、実の両親とぎくしゃくした関係で、家出したり、母に責められた記憶が蘇ります。

その頃、恵理菜はバイト先の塾の講師・岸田孝史と不倫中でした。ある日、相談する相手や友達がいない寂しい恵理菜は、千草を呼び出して、自分が岸田との子供を妊娠したかもしれないと告白します。妊娠検査薬で妊娠を確認した恵理菜は、父親と同様の態度をとる岸田を見て、妊娠した事を言わずに、岸田と別れました。

ある日、千草と夕食をとりながら、この子供を産むと言う恵理菜は、誘拐事件後の崩壊した家庭環境を語り、それは全て野々宮希和子のせいだと語りました。それを聞いた千草は、自分は実はエンジェルホームで恵理菜と姉妹のように育てられたマロンであると白状します。恵理菜は実家に帰り、自分は妊娠したので、大学を辞めて働きながら子供を育てたいので、お金を貸してほしいと母・恵津子に頼みます。それを聞いた母・恵津子は、半狂乱になりおろせと言い、「どうしたらいいの?」と泣き崩れてしまいました。

千草に誘われ、恵理菜は、誘拐されていた時の場所への取材旅行にでかけます。エンジェルホームに行くと、既に解散し、建物は廃墟となっていました。恵理菜は、千草から当時の話を聞かされますが、記憶は蘇りませんでした。ホテルで、恵理菜は、千草に「母親になんてなれない」と押さえ込んでいた不安を打ち明けます。千草は、エンジェルホームという独特の施設で育ったせいで、男性に対して恐怖症になったんだと告白します。また、千草はそんなダメな自分でも二人で一緒なら母親になれると恵理菜を励まします。

恵理菜は、自分の過去を探しに岡山の小豆島に渡ります。海、学校、寺の階段、夏祭りの伝統行事をした丘で恵理菜の思い出が蘇ってきました。そして、ある写真館の前で1枚の写真を発見します。それは希和子と自分の写真でした。その写真から港の漁師に「この女性を知りませんか?」と聞くと、その漁師はかつて母・希和子に思いを寄せていた文治でした。恵理菜は「その時の事を教えてください」と聞きました。年老いた文治は「覚えとらんのか、あの人は…あんたの事を心配しとった、こう言ったんよ」と答えました。

恵理菜は、フェリー乗り場のベンチで休みながら、希和子と自分が来たあの夜のフェリー乗り場での記憶を思い出します。フェリー乗り場前でご飯を買い、店を出た希和子と自分を警官たちが囲んでいました。希和子は、薫を乗り場まで行くように言います。振り返りつつ乗り場まで一人で歩いた薫を警察官が保護します。希和子は警察に逮捕されつつ、「その子はまだ朝ご飯を食べていないの!」と叫びます。すべての思い出を取り戻した恵理菜は、写真館へ走ります。
 

 
そして写真を見て、希和子が撮影の前に「薫、ありがとう。ママ、薫と居られて幸せだった。ママはもういらない、何にもいらない。薫が全部持っていって、大好きよ、薫」と言ってくれた思い出が蘇ります。恵理菜は自分が愛されていたことを思い出し、前向きに八日目を生きていこうと決意します。そして、「私、もうこの子が好きだ」と恵理菜は言います。